提供:山田真史選手
「海外でプロに挑戦したい」そう考える日本のアマチュア選手も年々増え、世界中いろんな国でプレーをしている日本人選手がいる。一方で、現在は世界的な感染症を受けて、海外で挑戦したい、海外にいく予定だった選手が、海外に渡れず、渡航を長期延長している選手や断念した選手もいるという情報も耳に入ってくる。
そんな中、今月(2021年5月)ドイツから大学卒業後すぐにドイツに渡った日本でプロ経験がない1人の日本人がドイツプロリーグである3部リーグで2021-2022シーズンを戦う契約を勝ち取ったという嬉しいニュースが入ってきた。
そこで、今回は2021年シーズンよりドイツ3部リーグ(ドリッテリーガ)に挑戦する山田真史選手(以下:山田選手)と山田選手のエージェントであるWorld Football Connection株式会社(以下:WFC) 代表取締役の近江孝行様(以下:近江氏)にインタビューをさせていただきました。
山田真史選手の経歴
2016 近畿大学 卒業
2016-17 ドルンドルフ(6部)
2016-17 ヴィルゲス(6部)
2017-18 ブレーメン III(5部)
2018-19 レーデン(4部)
2019-20 ヴィクトリア(4部)
2020-21 ヴィクトリア(4部)優勝
2021-22 ヴィクトリア(3部)
高校選抜でドイツに来た経験がその後のドイツ挑戦に繋がった
質問:まず初めに、ドイツの3部リーグは日本で表現するとどれくらいのレベルなのでしょうか?
近江氏:表現をすると、J2くらいかと思います。日本とドイツのサッカーが違うのでなんとも言えないのですが、クラブが持っているお金や観客動員数の規模から考えると同等くらいだと思います。
質問:ということは、完全にプロ契約しかなく、給料もしっかりと支払われると言うことでしょうか?
近江氏:そうですね。
質問:高校サッカーでは、キャプテンとして選手権に出場し、優秀選手にも選ばれましたが、高校から大学に行くにあたってプロになるという意識はすでにあったのでしょうか?
山田選手:その当時は、高校から直接プロになるということは全く考えていませんでした。サッカーではなく学校の指定校推薦で行ける大学でサッカーが強い大学を探して、大学を経て将来プロになるというのは考えてはいました。
質問:時期的に大学が決まった後に、冬の高校サッカー選手権で優秀選手に入ったのでしょうか?
山田選手:そうなんです。
質問:大学4年生の時にドイツに行くと言う選択をされていると思うのですが、その当時JFLのチームからのオファーもあったと聞きました。JFLを経て日本でプロになると言う選択肢は考えなかったのでしょうか?
山田選手:そうですね。その当時は全く考えていなかったですね。もし、J2とかから声をかけてもらえていたらわからなかったかもしれませんが、基本的にはドイツに挑戦したいと言う気持ちが強くありました。
質問:ドイツに挑戦したい気持ちが強くなった要因ってなんだったのでしょうか?
山田選手:高校選抜でドイツに来たことが一番大きかったかなと思います。その時に海外の同世代の選手と試合をして経験したことで、大学でドイツにいけると言う話を聞いた時に海外に挑戦してみたいと言う気持ちが大きくなりました。
質問:大学生の時にドイツというワードは山田選手の中から生まれてきたのでしょうか?
山田選手:ほんまに偶然で、大学の監督から出てきました。僕のプレースタイルが1対1とか、走ったり、対人系がメインでやっていたので、そのプレースタイルだったらドイツとか合いそうなんじゃないの?と監督から言われた時にコーチの人からエージェントをしている人を知ってるよ!といわれ、WFCの近江さんを紹介してもらいました。
質問:監督さんにはサッカーを続けたいという意思表示をしていたのでしょうか?
山田選手:そうですね。
質問:具体的に大学の4年生のいつくらいにドイツに行くと決めたのでしょうか?
山田選手:4年生になる前か直前くらいには決めてました。
質問:初めてドイツに行ったのはいつの時期ですか?
山田選手:3月の大学を卒業してすぐです。卒業式出れなかったです。出ずにドイツに行きました。笑
質問:ドイツに行くために準備は何かされていたのですか?
山田選手:アルバイトでお金を貯めて、目標100万円とか決めてました。なので、学校と練習以外はずーっとバイトって感じでしたね。練習して、バイト行って、卒論して、みたいな毎日を過ごしてました。
質問:ドイツ語は勉強されていましたか?
山田選手:1年間通じて自己紹介やサッカーに使う単語を調べて勉強はしてました。
なんか自分のプレースタイルがかっちりハマったかなという感覚
質問:ドイツに行ってサッカーの面で驚いたことはありますか?
山田選手:日本で僕はずーっとサイドバックをしてたんですけど、こっち来てからもずーっとサイドバックをしてまして、日本で僕がサイドバックでやっていたプレーというのは、ボールを奪われないというのを物凄い意識してやっていたんで、ボールを受けた時にすぐにセンターバックに返したり、一番アンパイなプレーというか、ポゼッションのプレーをしていたんですけど、こっちにきてから、そのプレーが違うということをすごく言われて、「もっと簡単にやれ」っていうのをずっと言われていたんです。でも自分では簡単にやってるやん!って思ってたんですよね。何が簡単なん?て。。。簡単にプレーしろということを理解するのが初めの頃は大変でしたね。
質問:ドイツの方が意図していた「簡単にプレーしろ」とはどういうことだったんでしょうか?
山田選手:例えばなんですけど、ボールを相手から奪った時に、日本の選手とかだとボールを後ろに下げたりするじゃないですか?ポジェッションをするために。でもこっちの選手はボールを奪った瞬間に前を向いて一番ゴールにつながるようなプレーを選択するということが、僕が経験した中では「簡単にプレーしろ」ということだとイメージをうけて、前向けるんやったら前向いて、裏にパスを出したりとかというのを試合中によく見かけたので、それを自分自身も意識するようになってから「簡単にしろ」と言われるケースが少なくなってきたので、そういった意図だったんだと理解しています。
質問:ドイツで通用するなと感じた部分と足りないなと感じた部分はありますか?
山田選手:僕は、ガムシャラというかよく走ってスタミナの多い選手だったの、走る力はドイツでも通用するなという感覚はありましたし、1対1に関しても、最初ドイツに来たときは僕よりも大きい180、190cmの選手がいっぱいいたので最初の方は少し怖かったんですけど、実際はそれに慣れてしまえば1対1とかでも全然通用するなという感覚があった。なので、日本でプレーしてた時よりも、なんか自分のプレースタイルがかっちりハマったかなという感覚はありました。
いいプレーをすれば注目されて上に行きやすい。逆に落ちるのは一瞬
質問:4年間で5チームに所属して6、5、4と3つのカテゴリーを約1年単位でステップアップされてきてますが、ステップアップできたきっかけはどこにあると感じますか?
山田選手:選手からするとポジションにもよるんですけど、FWとかですとストライカーで点取ったりすると記事になったりもするので、国内で広まりやすいので、それで注目されて他の監督やチームスカウトが見にきたりが起こりやすい国だと思っていて、なので、いいプレーをすれば注目されて上に行きやすい。逆に落ちるのは一瞬かなって感じます。
近江氏:ドイツはシーズンの始まりもプロリーグから下まで一緒だし、移籍の方法って下部リーグでもブンデスリーグでも全部一緒なんですよ。要するに、元ブンデスリーガの人もその辺にいっぱいいるし、8部9部の変な試合でも凄いオッチャンが観ていたりして、そういったオッチャンが噂を広げたりすると、すぐに上のリーグに引き抜かれたりするし、チャンスってめっちゃどこでもころがっています。元サッカー選手でいろんなチームにコンタクトがある方が7部8部の試合を観にきていたりする。
ポジションのことを言えば前の選手の方がインパクトを残しやすい、数字が出る。反面、やっぱり日本の選手の特徴を考えると、中盤でちゃんとパス回せる選手とか、サイドで動ける選手っていうのが最終的には生き残りやすいのかなっていうイメージです。
こっち(代理人)としては、まずは単純にサッカーだけでなく、戦える姿勢、あとはコミュニケーション能力、監督も人間なので、そこでしっかりとコミュニケーションを取れるのかというところと、やっぱりサッカーのところで、自分のやり方を捨てるわけではなくて、芯を残しながらもドイツのサッカーに合わせていく選手であるな、と思えば上にあげるチャンスをあげて、そこからは選手次第なのかなというところですね。
質問:近江さんから上のカテゴリーに売り込みをすることもあるのでしょうか?
近江氏:それもあります。で、それを選手に言わないこともあります。言うとプレッシャーになったりするので。
質問:移籍のルートはどのようになっているのでしょうか?
近江氏:いろいろです。監督が狙っている選手の番号を調べて、直接電話するケースもある。ちゃんとしたところであれば、選手の代理人を確認することができるサイトがあるので、そこを見て連絡してくる。でも、いつも必ず代理人に連絡が入るとは限らないですね。
自分のメンタル的にしんどいものがありました
質問:山田選手の中で、一番大変だったカテゴリー、シーズンってありますか?
山田選手:しんどかった時期はあります。6、5、4部って上がってきて、4部で良いシーズンで終われた後に、今のベルリンのチームに来るってなった時に、移籍でトラブルが起きて、チーム合流が1ヶ月くらい遅れたんですよね。そこからコンディションを上げながらやっとスタメンでも出れるようになったきた時に、足の骨を折ってしまったんです。
遅れてチームに合流してきたというストレスもあり、やっと試合出れ始めたのに、というモチベーションもあった中で、足の骨をおってしまったので、自分のメンタル的にしんどいものがありました。その時期が一番大変でした。
質問:3部でプロとしてプレーするわけですが、来シーズン3部で戦うチームと契約更新した時、ご家族やご友人、仲間の反応はいかがでしたか?
山田選手:喜んでくれていて、お父さんには「やっとやな」といわれました。
質問:ドイツへ行く前は親御さんの反応はどんな感じだったんでしょうか?
山田選手:親に言う前に、近江さんと話を進めていて、あとは親に許可をもらうだけという状態で、事後報告的に親に報告したんですけど。笑
一言目に、ドイツ行くわ!って話をした時に、「は?」っていわれましたが、5分10分はなしたら、自分のやりたいようにすればいいんちゃうって言ってもらえたんで、心の広い両親でよかったかなって思いました。
でも、親と話をして、1年目語学ビザ2年目ワーホリビザという期限があったので、その2年でちゃんとした結果が出せなければ、帰ってこいと言われていたので、2年目のタイミングで4部のチーム(就労ビザ)に入ることができて、次のシーズン3部に上がるというのを聞いて、すごい親は安心したというか、嬉しい気持ちもあり、安心した気持ちもある、という感じでした。
質問:山田選手は事後報告タイプですか?
山田選手:割と自分の中で決めてしまって、そういえば言ってなかった、言わな!って感じです。笑
質問:山田選手のステップアップは早い方なのでしょうか?
近江氏:弊社のプランでは2年か3年で、というプランなので。真史の場合は、来た時のつまずきがあったので、それがなければもう少し早かったと思うし、逆にあのつまずきがあったから良かったのかなとも思う。
初めは監督とうまくいかずに、フラストレーションが溜まった時期でもあったと思うし、移籍してからは気持ちよくプレーができるようになったと思うので、フラストレーションが溜まったであろうあの時のつまずきが良かったのかなと思う。
質問:これから3部で戦うことになりますが、これまでも3部のチームと試合したこともありますよね?違いを感じていますか?
山田選手:選手一人一人のプレッシングや判断の速さは違うなと感じましたが、技術的な面ではそれほど違いを感じませんでした。
「まず、戦える選手、そこから俺たちは判断する。」
質問:山田真史選手が3部まで上り詰めましたが、これまでたくさんの選手を見てこられた近江さんの目から見て、こういうタイプの選手、こういう傾向の選手はステップアップしていくなというのはありますか?
近江氏:やっぱり、やる気があるかないか?気持ち的な部分です。古臭いともうかもしれないですが、それってすごく大事で、やってやるぞ!って選手はすぐにわかるし、もちろんそれだけじゃなくて、基本的にガツガツしている選手、今まで見てきた選手4部でやっている選手はみんなガツガツやって、アグレッシブにいく選手。
3部や4部の監督や関係者ともよく話をするんですけど印象に残っているのは「まず、戦える選手、そこから俺たちは判断する。」「速いのか、高いのか、ヘディングが強いのか?DFが強いのか?うまいというところの判断は、まず戦える選手かどうかから。だから、戦える選手でなければダメかな。
そこで、真史なんかは戦えるので、そこからどうやってドイツのサッカーに合わせていくのかという感じでした。監督は十人十色だけど、誰からもあいつは頑張ってるよ!って言われないとダメだし、誰からもあいつは戦えるって言われていたら、ドイツでは可能性はあるんじゃないかなと思います。
質問:山田選手や留学選手に対してWFCさんはどのようなサポートしているのでしょうか?
近江氏:会社としては年々、弊社も成長しなきゃいけないので、より良いサポートをしていきたいと思っているので、来年にはまた今より良いサポートになっていると思う。今現在としては、みんなに伝えているのは、プロになるのは中間目標として設定し、長期的な目標はセカンドドキャリアとして持ってください。そこで、中間的な目標を達成するために、栄養士さんをつけたり、メンタル的なサポート、試合の分析として映像のサポートを入れたり、サポートを行なっています。
セカンドキャリアについては、どういう方向にいきたいのか?というところで何か良いアドバイスができたらと思っています。実際、プロ目指してきたけど無理だったので、ドイツで就職してドイツに住んでいる子たちもいるので、そういった流れもできたらなと思っています。
質問:山田選手にとってWFCさんの存在は?
山田選手:WFCがあったからドイツに来れるきっかけがありましたし、来てからも近江さんが考えているキャリア後のことやプロになるためのアプローチの仕方なんかもドイツに来てから助かったと思っています。そういった意味でも、ドイツにきて生活するために充実したサポートしてくれた会社です。
ひとまずは目標達成していくということが将来につながっていくと思います
質問:最後に来シーズンの意気込みと今後の目標を教えてください。
山田選手:一番近場の目標としては6月になると新しい選手が入ってきて、新しいチームになってくるので、まずはスタメンを勝ち獲ることをまず目標に設定して、シーズンが始まった中で、活躍する。具体的な目標はまだ決めてないですけど、今まで通りであればポジションはサイドバックになるので、そこで、10得点であったり、点を取るのか、アシストを取るのか?自分の中で具体的な目標をセットして、その目標を達成する。
そこで目標達成できれば必然と他にも見てくれているチームがあると思うので、翌年のシーズンに向けて同じ3部のチームなのか、もう1つ上にステップアップできるのかは、後々に付いてくるのかなと思うので、ひとまずは目標達成していくということが将来につながっていくと思います。
インタビューを終えて
約1時間にわたって、山田選手のドイツ挑戦前から現在までのストーリーを聞かせてもらいました。
印象的だったのは、どんな局面でも、自分なりの目標設定を行い、そこをしっかりと達成すべく取り組まれている姿でした。
ドイツに行くと決めた時からの行動、ドイツにきてからとこれからの行動、大学卒で日本でプロ経験がない選手が着実にステップアップし、ドイツの地でプロリーグまで上り詰めた背景には、確実に自分の目標を達成しようと取り組み、成長してきた山田選手のサッカーに取り組む熱い姿勢があったからではないかと感じました。
その熱い姿勢は、プレースタイルにも存分に現れています。彼のプレースタイルや活躍を見て、俺も世界で戦いたい!という戦う気持ちが湧き上がってくる選手やビジネスマンも多いのではないでしょうか?
俺もドイツで挑戦したい!という選手は近江さんが代表をつとめるWorld Footbal Conectionに相談してみてください。
今回、インタビューを通じて、改めて成長する喜びと楽しさを感じました。
山田選手、WFC近江代表、ありがとうございました。さらなるご活躍を応援しております。
山田真史選手
World Football Connection株式会社
アスリートコレクション編集部
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